【クルマを愛するこんな人編】現役の車屋さんに会ってきたーAUTOSPEC.下田征邦さんの場合ー
クルマ好きの聖地とも言える、富士スピードウェイとTOYO TIRESターンパイクを結ぶ御殿場ICから1分の場所に位置するAUTOSPEC.代表下田さんにお話を伺いました。
カーデザイナーだけではなく、クルマをこよなく愛しご自身の職業にされてご活躍されている方たちにもスポットを当て、ご紹介していきたいと思っております。
【クルマを愛するこんな人編】現役の車屋さんに会ってきたーAUTOSPEC.下田征邦さんの場合ー
下田征邦=1972年7月6日御殿場生まれ。有限会社アウトスペックの創業者兼代表取締役で元レーサー。2001年にAUTOSPEC.を創業し、本国仕様車から中古車、整備、ボディコーティング、パーツ販売、保険と車に関わる全てをカバーする御殿場の名店へと成長させた。
クルマとの出会い
1972年に御殿場で生まれました。東京に専門学校へ通うため2年間住んでいましたが、それ以外はここ御殿場にいます。
当時は草レースなどがたくさん開催されていた時代で、親戚がタイヤ屋を営んでいたこともあり、スピードウェイに強制的に連れて行かれ、レースに参加していました。
最初は「うるさいな」ほどの感想しかありませんでしたが、やはり男なのでどんどん興味が出てきました。
それが5才くらいだと思います。
その頃はレースがとても盛んで、お金も動いており、今では考えられないくらい華やかな世界でした。
気づいた時には、夢は4輪のレーサーでした。
AUTOSPEC.=東名御殿場インター出口から車で1分の場所に位置し、イタリア・フランス車を中心に輸入車全般を扱っているプロショップ。国内のディーラーでは手に入れることができない本国仕様車を、いち早く提供するお店として知られている。
上京。そして就職。
18才の時、東京科学芸術専門学校という専門学校に行かせてもらいました。
デザイン科の一期生なのですが、特にデザインは学ぶことはなく、授業もいきなりキャブレターの話でした。
4輪のレーサーになりたかったのですが、お金もないので、どうしようかと 思っていると、当時の先生がレーサーだったため、「レース用のバイクなら譲ってあげるよ」と仰っていただき、4輪に比べてお金のかからない2輪のレースを始めました。
とは言ってもとてもお金かかり、いわば究極の遊びだと思います。
今考えると、親には感謝しかありません。
そして、2輪の免許がないままバイクに乗り始めました。
それまで原付しか乗ったことがないので、そもそもどうやってエンジンをかけるかわからないので、押しがけでかけることがわかりませんでした。
メーターやウインカーなどがついておらず、スタンドすらついていませんでした。
それが初めて乗ったバイクです。
ギアも変えたことのないド素人だったのですが、レーサーになるためにはレース出て結果を残すしか道は無いわけです。
まずは乗り方から教えてもらい、少しずつ経験を積んでいくうちに、どんどん結果も出せるようになっていきました。
練習をして、福島や筑波やスピードウェイに行ってレースに出て、自分でメンテナンスしてという生活をしていました。
もともと深く考えるタイプではなかったこともあり、レーサー以外のことは頭にありませんでした。
何度も優勝したのですが、4年位続けていると「なんかおかしいな」と思うことが多くなってきました。
僕は18才で、上京とともにレースを始めましたが、もっと小さい頃からレースに出ている16才くらいの人がいて、突然一流のチームと一緒に現れるのです。
そしてそのシーズン、チャンピオンを勝ち取って次のカテゴリーへと行ってしまいます。
そういう人たちはもう既にスポンサーが付いている、いわばプロなのです。
僕らが「盛り上げ役」のように感じました。
僕たちが出ていたような草レースは、レギュレーションが細かく決められていて、ほとんどイコールコンディションですが、スピードウェイのようなストレートが長いコースでは横からスーっと抜かれてしまうのです。
同じパワーで、同じマシンで、同じタイヤのはずなのですが、アクセルを全開にして直線でスイスイ抜かれてしまいます。
一流の腕を持った人だけができる、細かいチューニングを見えないところに色々と加えているわけです。
そうでなければ、どう考えてもあのスピード差は説明できません。
筑波や狭いコースなら、なんとかテクニックでカバーし結果を残せるのですが、スピードウェイのようなストレートが長いところならもうお手上げです。
そういう人は若くして優勝し、次のステージに上がっていきます。
お金の世界というか、壁が見えてしまった気がしたので「これ以上は無理だな」と痛感しました。
プロのレーサーになることしか考えていなかったので、現実を知ってかなりショックを受けました。
専門学校を卒業してからは、御殿場に戻ってきて左官屋をしながら全て給料をレースにつぎ込んでいたので、資格も貯金もありませんでした。
いまさらどうしようかと悩んでいたところ、たまたま妹が車屋さんでバイトをしており、そこで営業の募集がかかり、誘われました。
「あ〜、車屋って手があったか」と。クルマは大好きだったので、ちょうど良いやくらいに思い、そこへ入りました。
しかし人とワイワイしたり、話したりすることがあまり得意では無いので、常に「なんで仕事にしてるのかな」という疑問を持ちながらしていました。
好きなクルマの話をしている分には良かったのですが、ただ、それ以外の話になると全く引き出しがありません。
自分で見よう見まねでクルマに色んな物を付けてみたり、失敗して焦がしてみたりということは経験していたので、クルマの話題なら盛り上がれるのです。
ほんとうクルマの話ならいいのですけどね。ほかは全くダメでした。
週末だけでなく、通勤や送り迎え、ちょっとした買い物に行くときも、心の底から気に入った車、楽しい車で移動して欲しい、という想いを込め、「日常を楽しむ」をコンセプトに、魅力に溢れた車を紹介している。
初めての就職、転職。
車屋さんと言っても、勤めていたところはめちゃくちゃなところでした。
社長と僕しかいないですし、何にも教えてくれませんでした。
「車庫証明の書き方ってどうすればいいんですか?」って聞くと、警察に行って聞いてこいと言われるのです。
警察署へ行って「車屋なんですけど車庫証明の書き方教えてください」と訳の分からない質問をしながら覚えていきました。
色んな書類がありますが、1つも教えてもらっておりません。
実印をどこに押すのかも分からないので、逆にお客さまに教えてもらうこともありました。
まだ何も知らないのに、一人でオークション会場でクルマを売ってこい、と言われたこともありました。
オークション会場の場所すら伝えられてないのにです。
なんとか調べて、そのクルマを会場に持って行き、見よう見まねで出品し、適当に値段をつけ売れました。
「おおすげぇ!売れた!」と喜んでいたのですが、冷静に考えてみると売ってしまったため、乗って帰るクルマがありませんでした。
近くにいらした心優しい方に最寄りの駅まで送ってもらい何とか帰ることができたましたが、帰ると社長に「おせぇよ!」と怒鳴られま、今思い出してもヒドイです。
このような無茶苦茶なところでしたが、中古車屋で働くのが初めてだったため、これが普通だと思い文句も言わず、自分で調べて覚えました。
そうでもしなければ、自分に災難が降りかかってきますから必死でした。
おそらく社長も知らなかったのだと思います。
アメ車からAlfa Romeoへ
元々はアメ車、特にアストロの無駄に大きい感じが好きで乗っていました。
アストロは3台乗り継ぎ、自分でカスタムしていました。
また、うちの奥さんはMINIが好きだったので、たまたま飲み屋で知り合った方が外車屋さんをしていたのでMINIを探してもらいました。
たまに運転させてもらうと、結構楽しかったので、「そういうカーライフなんかも結構いいなぁ」などと思ったのを覚えています。
そのような時、そのMINIを買ったショップの社長に話しをすると「うち来ればいいじゃん」と誘われ、最初に勤めた中古車屋さんを辞めることになりました。
そこも社長がまた無茶な人で、すぐにどこかへ行ってしまい不在でしたが、よく言えば、信頼して全部任せてくれていたのだと思います。
困っていてもお客さまに迷惑をかけるだけですので、仕方がなくどうにかこうにか自分なりにやっていきました。
お客さまの欲しいクルマは、中古車でも新車でも何でも探します、というスタンスだったので、名刺だけ持ち一から開拓していきました。そうするしかなかったのです。
社長は23才の僕に「今日からお前店長な!」と肩書の付いた名刺を渡すと、また消えて行ってしまいました。
しかしそのときに繋がったディーラーさんやお客さまとは、今でも良いご縁で繋がっているので、あの頃があって良かったと思っています。
FIATやフォルクスワーゲンや本当に色々なクルマを扱っていましたが、初めてAlfa Romeoを納車することになり、その時に、感覚的になのですが「面白いな、このクルマ」と感じたのです。
乗っていて楽しいのです。
マニュアルですし、パワーもあってエンジン音もカッコよく、「なんだこれは!」という感じです。自分の中でビビビときました。
そのお客さまのクルマを預かる時がとても楽しく、自分に合うという感覚がどんどん増していきました。
しかし、そのお客さまがAlfa Romeoを手放すことになってしまい、「僕買います!」と社長に言うと「良いよ」と答えてくれました。
僕にはアメ車の世界もあったので、奥さんのMINIを強制的に売った挙句、Alfa Romeoに乗ってくれと頼みました。
その当時は強要しているつもりは無かったのですが、こう話してみると無理やりですね。
その後も、オークションで見かけたルノーのトゥインゴを、払うお金も無いのにポンと落札してしまったこともありました。
後からどうやって払うかは考えよう、などと思い、どんどんイタリア、フランスのクルマに惹かれていきました。
敷地内にBOSCH正規代理店の自社認証工場とPDIセンターを完備し、質の高い整備技術を提供している。また、各最新のコンピューター診断機を使用し、多種多様のクルマの整備も完璧にこなすことからお客様からの信頼も厚い。
AUTOSPEC.の立ちあげ
2社目の中古車屋さんには7年ほど勤めました。
先のことは何にも考えていませんでしたし、独立する気などもさらさらなかったので、お金の準備もしていませんでした。
結婚して子供もいましたが、クルマを買ったりなんやかんやで貯金はゼロです。
むしろ既に売ってしまったアストロのローンを奥さんに払ってもらっているくらいでしたからマイナスです。
ちょうど二人目の子供が生まれた27才の時、色々あり会社を辞めることになってしまいました。
「参ったな、どうしようかな」と落ち込みながらも、独立ということは微塵も考えていませんでした。
そして、お世話になっていた尊敬する方に、会社を辞めたことを報告に行きました。
するとその方はこう言いました。「東京のAlfa Romeoでも何でも紹介してやるよ。でもな。今までお前からクルマを買ったお客さんはどうなるんだ?」と。
「つまり…その…自分でやれってことですか?」と、その時はじめて、独立するという選択肢が出てきたわけです。
しかし、独立など一切考えてこなかったので当たり前ですが、法人設立の仕方も分からなければ貯金もありませんでした。
それから調べてみると最初に300万円の費用がかかるということが分かりました。
以前に無茶苦茶な車屋さんで働いていた経験から、自分でやるなら支払いや給料といったお金のこと、従業員に対しての対応は、きっちりとやりたかったので、絶対に最初から法人にしたいと思っていました。
奥さんのお義父さんに頭を下げに行き、「すいません、返せるあてはありません。無いんですけど、頑張って出世払いで返すので300万円貸してもらえませんか。どうしても法人にしたいんです。」と直談判しました。
そうこうして、なんとか貸してもらうことが出来たのですが、その後スグ分かったことですが、その300万円を出資金として銀行に入れると、しばらくの間このお金は使えないのです。
慌てて銀行に行き相談すると、新規事業の出資金として1000万円貸してくれました。しかし古物商の許可が降りないと振り込んではくれません。
後払いで倉庫を借り、知り合いの建設業者に頼みショールームと、サービス工場を作ってもらい、その時点で700万円使ってしまいました。
プレハブのお店ではなく、カフェのような素敵な空間のショップに、どうしてもしたかったので譲れませんでした。
気づいた時にはすでにクルマを買うお金がなく、残り100万円くらいになってしまいました。
なんやかんやでお金を使ってて、あと100万円くらいしか無くなっちゃったんです。
古物商の許可もなかなかおりず、銀行から1000万円も振り込まれないので、10万円でFIATのティーポと5万円でRENAULTのサンクを買い、計数十万でなんとか3台だけ揃えました。
しかしそれだけでは、さすがに表が寂しいので、僕と奥さんのクルマと、もう一人の創業メンバーのクルマにプライスを付けて計6台並べてスタートでした。
会社を辞めたのが2001年1月で、法人設立したのが3月です。ショップがオープンしたのが5月でしたが、古物商の許可は降りていませんでした。
その時はとても痩せましたし、怒涛の毎日でしたが、何とかショップはオープンして、古物商の許可も降りると、お店はスグに軌道に乗りました。
会社を辞めて独立した以上、前のお客さんに自分から案内を出して来てもらうことはしませんでしたが、狭い御殿場ですから「お店開いたんだって?言ってくれればいいのに」と向こうから探して来てくれました。
そのようにして、どんどんお客さんが増えていきました。
高額なメルセデスを頼まれたりすると嬉しいですが、そもそも買い付けるお金がなかったので、困るときもありました。
お客さんや周りの人に助けてもらいながら、ひとつひとつクリアして今があります。
高年式・ワンオーナーを中心に厳選された車を常時15~20台取りそろえている。ちなみに、近くに有名なフェラーリ美術館があるのだが、そのメンテナンスのほとんどは、ここアウトスペックで行われている。
そして現在
クルマ屋さんはみんなディーラーの形を目指しているように感じます。
しかしその真似をしても資本力が違うので負けると思うのです。
生き残れる方法を突き詰めていった結果、僕はこのセレクトショップのようなスタイルに辿り着きました。
例えば、納車の時はレセプションルームに従業員を全員呼んで、一人ひとりをお客さまに紹介します。
お客さまは、営業マンとの接点しかないことが多いと思いますが、 今度アウトスペックに遊びに来てもらった時に「先月ここでクルマを買ったんですけど」と言わせてしまったら失礼だと思うのです。
見たことあるけれど話したことが無く、声かけづらいとお客さまが思ってしまったらそれはダメだな、と思います。
しかし納車の際に一人ずつ紹介しておけば、安心して声をかけられる上、僕がサービスを担当しました、僕が磨きました、というのが全て分かるわけです。
お客さまが安心して他のお客さまをご紹介してくださることも多いですし、なによりビックリして喜んでくれるので、少し大げさかもしれませんが続けています。
納車のときにしか入ることの出来ないスペース。この特別な場所で、記念すべき瞬間を十分に味わうことができる。
-今後の目標などありましたら、お聞かせくだい。
特にはありません。現状で一番良いと思っていただける方向に進んでいっているつもりですので。
目標という目標は特にありませんが、チャンスは急に来るものです。不思議とポコっと巡りあうのです。
ちょっと背伸びをしないと届かないようなところでも、違和感なく、自分がやってみようかなと思えたら大体間違いはありません。
皆が反対していたとしても、その直感を信じてその場その場で判断していきます。
それが正解になるように、あとから答えをつければいいと思っていますし、自分をカッコ悪くしたくなく、自分が正解にもって行けばいいという考え方です。
-アウトスペックで扱われているクルマの魅力についてお聞かせください。
クルマは、大きな名刺を持って歩いているようなものだと思うのです。
僕はこういう趣味でこういう性格で、というようなことを皆に宣伝して歩いているようなものではないでしょうか。
特に僕らが扱っているようなクルマですと、完全にクルマにそのようなことが出でしまうのです。
例えばAlfa Romeoを買って駐車場に停めていると、「あのAlfa Romeo買ったの誰だ?」と思う人が出てくるのです。そのうちにAlfa Romeoに乗っている◯◯さん、と認識されはじめます。いきなり知らない人から声をかけられることも増えます。
クルマは自分が出てしまうだけではなく、自分をも変えてくれます。
今まで、ジャージにサンダルでコンビニに行っていた人が、Alfa Romeoにのるとそんなことができなくなるのです。
コンビニ1つでも何か羽織っていこうかな、となるようです。
今まで気になっていたけれど、行ったことのないレストランや、そういう場所に行きたくなります。
なんとなく格好をつけて、あまり着たことのないようなシャツを着たりなんかして。
そうやって行くと、良いレストランの人たちはクルマもしっかり見てくれているので「良いクルマ乗ってますね」などと声をかけてくれるのです。
そのようなことは普通ではなかなか起きません。しかし、今までしたことのない経験が本当にいたるところで起こるので面白いですよ。
都内の方だと、電車やバスが発達しているので、どうしても週末にしかクルマに乗れないことが多いと思いますが、御殿場のような場所ではちょっとそこのコンビニへ行くにもクルマで行かなければなりません。
そのような環境の御殿場で「通勤の間も楽しめるクルマってない?」とお客さまからよく聞かれます。
お客さまからすると、通勤に割く時間が多いので、そこを楽しみたいのです。
東京だと通勤を楽しむなんて考えられませんよね。
そういう意味でも、僕らはサービスもそうですし、PDIもそうですし、色々な体制を整えてお客さまの「日常を楽しむ」ということをサポートしています。
-カーデザインについてご意見をお聞かせください。
第一印象はとても大事だと思います。
人は、第一印象で気になると結局戻ってくるのです。
家族の反対や自分の置かれている環境などで、乗りたいけれど乗れず一度は諦めても、「やっぱり俺、この車じゃなきゃダメだ」と戻ってくる方が非常に多いです。
Alfa Romeoでいうとヘビに噛まれたとか、ABARTHだとサソリに刺された、と表現するのですが、そういう魅力あるクルマが増えて欲しいです。
今の世の中、色や形は現実的なことを考えないとならないことは理解していますが、唯一イタリア、フランス車は、自分たちが作りたい車を作っているなと感じます。
それが形になって出てきています。
常識的にこうあるべきだ、という形を最初に思ってしまうと、中々そこから離れられません。国産車が悪いとは思ってはいませんが、エンブレムを見ないとどこのクルマかわからないのも事実です。
自動車のメーカーとしてそんな悲しいことは無いでしょう。
ヨーロッパのクルマは、メルセデス、BMW、Audiの差は誰が見てもなんとなく分かります。
さらにイタリア、フランスのクルマになると更に判別がつきます。
技術の差も、どんどん無くなっているので、クルマを買うときに選びにくいです。
人生でも何でもそうですが、全て平均だと面白くはありません。
このような普通ではないクルマばかり扱っていますが、僕らのサイトには何十万アクセスがあります。
ということは、個性のある変わったクルマを求めている人は、メーカーが思うより実際は多いという証拠ではないのでしょうか。
カーデザイン業界がもっともっと盛り上がり、楽しいクルマが世の中に溢れて欲しいと心から思います。
編集後記
アウトスペックを訪れると、お客さんに心地よく過ごしてもらうためのしかけが至る所に散りばめられていました。
下田さんから解説してもらい、クルマをこよなく愛していること、そしてお客さんにもっとクルマを楽しんで欲しい、という想いがひしひしと伝わってまいりました。
また、カーデザイン業界を盛り上げるサポートをして頂けるよう、厚かましくも取材の場でご相談申し上げると、理念に共感していただき、現在開催中の「CAR SKETCH COMPETITION 2014 Tipo杯」にもご協力頂けることになりました。
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